さくらインターネットの田中社長との思い出

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そろそろ個人サーバを乗り換えようと思ってVPSサービスをいろいろ検討したんだけど、結局さくらのVPSにした。さくらは使い慣れてるし、今までの実績からくる安心感がある。さっき一年一括で支払い申し込みして、準備ができるまでの間に、ふと思い出したさくらインターネットの田中社長との思い出を書いてみる。思い出っつっても僕の一方的な思い出で、もちろん田中社長は僕の事なんぞはみじんも知らないがw

インターネットとの出会い(高専4年)

僕が新居浜高専というど田舎の高専4年生の頃に、初めて学校がインターネットに接続された。新居浜高専のネット回線は愛媛大学を通して世界に繋がっていた。電話回線もない寮で生活していた僕は、インターネットと聞いて「パソコン通信ができる!」とわくわくしていた。ネット=パソコン通信と思い込んでいたのだ。それくらいバカだった。

インターネットは当初期待してたものとは違ったが、それ自体はとても面白くどんどんのめり込んでいった。そしてインターネットの仕組みが知りたくなって、いろいろ先生に聞いてインターネットのサーバはUNIXで動いているのを教えてもらった。MS-DOSしか知らなかったバカにはUNIXは衝撃的だった。そして無謀にも自分でWebサーバを構築したいと考えるようになった。

apacheのMLに入会

先生にWebサーバはapacheが使われているというのを教えてもらった。何も考えていない僕は早速コンパイルをしようと思ったがうまくできない。それでapacheのMLに入会して質問をした。

「コンパイルできません!」

今の僕なら"マニュアルを読め!"と突っ返すような質問に親切にも答えてくれる人がいた。

「./configureを実行しました?」

コンパイルできない問題は見事に解決した。ちなみにこの質問に答えてくれた人は田中さんではなく吉藤さんという方で、数年後にLinuxのIPv6の実装であるUSAGIプロジェクトの中心人物となった方だ。もちろん吉藤さんは僕の事なんか覚えてないだろうがw

apache MLを運営していた舞鶴高専の田中さん

このapache MLを運営していたのが舞鶴高専の田中さんという方だった。僕と同じ高専4年生。田中さんはapacheのMLを運営するだけでなく、apacheのモジュールを書いてたりと、./configureを知らない誰かさんとは雲泥の差だった。同じ学年なのにここまで実力が違うのかと衝撃を受けた。

そして田中さんは当時から草の根レンタルサーバである「さくらネット」を運営していた。そう、今のさくらインターネットの前身である。後になってさくらインターネットの名前を聞いて、すぐにさくらネットの事だと分かった。高専の時から僕と田中さんの差は全く縮まってなかったのだ。

僕も頑張って前に進んでいるのだが、田中さんはそれ以上のスピードで前に進んでいる。いつか追いつけるように努力し続けていたい。

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このページは、masatoが2011年4月20日 23:14に書いたブログ記事です。

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